theサバイバー!使い倒すは水とローマ
どんなもんか、って言っても、入り口はこんなもんなんです。
え、プレハブ?てか、ヨド物置???
現地の方に「イスラエルでトップシェアのホームセンターれす!」とか言われたら多分そのまま信じましたね。なんでマグダラ?とか思いながら(ちなみにプレハブの中は土産物屋でした)。いやあ、潔いチープさですね。
でも、中は凄いんです。豊かな町だったという意味でも、宗教的な意味でも。まずは、豊かさの方からご紹介しましょうか。
マグダラの町は、あの切り立った崖みたいな形のアルベル山の麓にあります。ヘロデ・アンティパスが領有したティベリアやカペナウムといった都市にも近いです。
ガリラヤ地方は上部と下部に分かれています。上部は山林が多く乾燥しています。一方、下部は緑が多く、複雑な地形ですが、山がちではないんです。複雑な地形は複数の、それぞれ違う特徴を持った都市を産みます。そこには、政治的経済的交流が生まれます。
下部ガリラヤにあるマグダラは漁業や塩漬けの魚を作る食品加工業が盛んな豊かな町でした。イスラエル国内のみならず、ローマやエジプトにも輸出されていましたから、品質は折り紙付きだったんでしょう。
マグダラの町の特徴は、その上下水道システムにあります。お魚販売&加工業で鳴らしてたので、そりゃー水の管理は大切ですよね。
マグダラの遺跡からは、魚を加工する設備が見つかっています。捕まえた魚を泳がすディスプレイ用プールも!いやはや、んなことするの日本の寿司屋だけかと思っていましたけど、ユダヤ人もやってたんですね。古代のものとしてはかなり立派なものだそうです。
ちなみに、魚だけじゃなくてヒトの洗礼用のプールも発掘されています。
水、めっちゃ綺麗くないですか⁉
このプールにどうやって水入れたか、気になりますね。
2000年前ですから、そうですね…戦時中の日本みたいにガリラヤ湖の水バケツリレーで持ってきた、とかじゃないんです!
キレイな地下水を汲み上げて使ったんです!
ちゃんと調査で実証されてます!
2000年前にそんなことが可能だったんですかね!?
まあ、兎にも角にも可能にしちゃったんですよね!
で、汲み上げた水は個々の店なり洗礼用のプール(ミクバ)に配水してるんです。勿論、排水設備もありますよ。加えてこの上下水道、まだ機能するというから驚きじゃないですか((((;゚Д゚))))
ミクバの給水システムを例にその凄さをご説明しましょう。ミクバは複数個あるんですけど、中は水道管で繋がっています。この繋がっているということがキー。同時に一気に注水でき、加えて全てのミクバの水位を同一に保つことができます。
ミクバの中には、低い位置に給水口があります。ここは地下水脈に繋がっていて、水が減って水圧が低くなると地下水がちょろちょろ出て参ります。一方、高い位置には排水口があって、一定以上の水位にはなりません。
排水システムはもう一つあります。
ミクバって、普通は石膏で内部を固めています。ただ石積み上げただけだと水が漏れるんで。でも、マグダラのミクバは一定の高さまでは敢えて石膏を塗ってないんです。要は、石膏を無くすことで上手いこと排水させるんですね。
給水システムと排水システムがバランス良く共存していることで、ミクバはいつもキレイに、かつ一定の水位に保たれていたとか。ううん、凄い技術です。賢い!さすが、ユダヤ人!
あ、いや、ローマ人の入れ知恵でしょってツッコミも聞こえそうですけど('◇')ゞ、でもローマ人からそうした技術を学んで実用化できた、それだけでも凄いじゃないですか。
これだけの設備を作り、維持するには経済力が必要ですよね。マグダラの町は古代の幹線道路沿いにあり、遺跡からは様々な時代のコインが大量に見つかってます。大体BC20~AD67,8くらいまでの期間です。魚の加工だけでなく、織物や陶器なども取引されていたとか。
ほんと、豊かだったんですねえ。そりゃあ、娼婦も集まりますわ。
ローマ帝国の支配からの解放を求め戦ったユダヤ戦争の際は、マグダラはローマに対する最期の砦となりました。フラヴィウス・ヨセフスのユダヤ戦記によると、ローマと戦うために230艘もの漁船をかき集めたそうですから、相当な規模の町だったのでしょう。
ユダヤ戦争中、家の主人がいなくなるので入口を岩で塞いだ家、なんてうら悲しいものも残っています。疎開したっきり、帰っては来れなかったのでしょうね。
ではお次は、宗教的になにがどうスゴいかをご紹介しますね!
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